Constable  Country の Mrs.Y

d0098198_8365237.jpg




今週に入って、ロンドンはめっきり寒くなってきました。


  夜間ジンジン冷え込むと思ったら 朝起きるとあたり一面に雪が積もっていました。

      とは言っても、ロンドンの雪は溶け易いのか、出かける頃には

              もう溶けていました。

イタリアの旅の途中ですが、今日はまたイギリスのお話をさせてくださいね。



  映画などを見ていて、知った場所や、風景に出会うと何故か嬉しくなるように

       大好きな絵の中と同じ風景を見つける事が出来た時

        なんだかじ~んと来る事ってありますか?

        今日は、そんなお話を聞いて下さいね。



     18世紀の後半のイギリスの画家 ジョン・カンスタブルは

        美しいイギリスの風景画を沢山描きました。

    彼の描く風景は、暖かさや自然に対する誠実さが現れていて

      見ている者を、包み込んでくれるように感じるのです。

d0098198_8392195.jpg


     ロンドンのナショナル・ギャラリーの彼の代表作とも言える、

The Hay Wain (干草車)の描かれた Flatford には、

今でも 200年前と同じ風景が残っていました。

d0098198_840554.jpg


     

 それでもこの絵が描かれた時には、ロンドンの展覧会では成功しなかったそうです。

    彼が認められたのは、パリのサロンで、ドラクロアらが高く評価し

       額縁には、フランス王シャルル10世から授与された

         金メダルのコピーがはめ込まれています。


d0098198_840364.jpg


    今では、カンスタブルのこの絵は、イギリス人の最も愛する田園風景が

        描かれていると言われているを天国にいるカンスタブルは

           どう感じているのでしょうか?

     ともあれ、カンスタブルの絵の風景をカメラに収めようと

             歩き回るMrs.Yなのでした 
[PR]
# by mrsylondon2005 | 2007-01-25 07:43

ローマ と ミケランジェロ

    
d0098198_67590.jpg


    イタリアの永遠の都 ローマは「全ての道は、ローマに続く」と言われ

    ヨーロッパ都市の原点、街の至る所には遥かな時を越えて存在し続ける

           歴史的遺産の足跡が残されています。


   また古代ローマ帝国の首都として、ヨーロッパの国に影響を与え、更には

       世界の歴史にもその影響を及ぼしたことを考えると自然に

    「ローマは一日にして成らず」と習った言葉が 胸に蘇ってきました。


   昨年ローマを訪れた時に、中にはいる事の出来なかったサン・ピエトロ寺院に

   向かい 寺院の中に入るやいなや、ミケランジェロの作品のピエタ像を探します。


     広い寺院の中でも、このピエタ像の前には、人垣が出来ています。

    小柄なMrs.Yは、こういった時は有利で、チョコチョコと人の間を縫って

       防弾硝子の中の、ピエタ像とご対面したのでした。


     感激を胸に、寺院の外に出ると、サン・ピエトロ広場には

        またまた多くの人垣が出来ていました。
  
d0098198_691810.jpg


    1656年にベルリーニが設計したとされるバロック建築の傑作の

      広場には、建物を越えるくらい大きなクリスマスツリーがあって

             その下に、人々が集まってきています。


      その人たちの見上げる方向には、赤いタペストリーの下がった窓から

          何方かが、お話をしている姿が、かすかに見えました。

   
d0098198_695010.jpg



      これぞ将にローマ法皇 べェネディクト16世 なにをお話されているのかは

   解りませんが、多分とてもありがたいお話で、チョッと得をした気分のMrs.Yです。


     サン・ピエトロ広場を後にして、サン・タンジェロ城に向かいます。


  
d0098198_6101882.jpg

   このお城、元はハドリアヌスの帝の廟として135年に建造されましたが

 お城の名前は、聖天使ミカエル(Sant’Angelo)が590年ペストが大流行した際に

    現れて、剣で疫病を打ち払って街を救った伝説に由来しているそうです。


  お城から、テベレ川に掛るサン・タンジェロ橋は、ローマ屈指の美しい橋で

    ベルリーニ作の天使の像の恍惚とした表情は、以前行った

サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会の聖テレサの法悦を思い起こさてくれました。

  
d0098198_6104838.jpg


  イタリアで迎えたニューイヤーイヴは 激しい鳴り響く花火の音と

       あたり一面を煙で包むほど激しい爆竹の音で

     イタリア人の情熱の強さを 改めて感じたMrs.Yなのでした

d0098198_6112915.jpg


 ピエタとは、イタリア語の哀れみや慈悲と言った意味で十字架から下ろされた

     キリストを抱くマリアの絵画や彫刻を指します。

  サン・ピエトロ寺院のミケランジェロのピエタ像は、彼が25歳にも満たない時に

   製作したもので、作品の出来栄えを嫉妬した人が、彼が作ったのではないと

   言った為、唯一この作品にはマリアの洋服の所に、彼の署名が入っています。


      そして、このピエタ像にはもう一つの逸話が残っています。

  このピエタを製作するに当たって、彼は当時のお金で150ドゥカートを

  要求したそうですがこれは相当な金額で、依頼主も「高すぎる」と言った時、

   彼は平然として「得をするのは、あなたです」と言い放ったという・・・。

   あのシスティーナ礼拝堂をたった一人で仕上げた気質の片鱗は

          この頃既にあったようです。


  ともあれ、この憂い秘めたマリアに嘗て何処かであったような気がして・・・。

  あれはブリュージュのノートルダム教会の聖母子像、幼くして母をなくした

  ミケランジェロにとって母の面影をマリアさまの中に見たのでしょうか。

d0098198_6132126.jpg

 
    イタリアを代表する街、ヴェネツィア、フィレンツェそしてローマを

   2つのテーマ 橋と芸術を絡めて(専門家とは違った解釈かも知れませんが)

          記録に留めています。

          

      まだまだイタリアの世界遺産の旅は続きますが

             おつき合いよろしくお願いします。
[PR]
# by mrsylondon2005 | 2007-01-22 06:14 | 旅行

モン・サン・ミッシェル ~娘との旅~


d0098198_9105259.jpg




主婦になった娘と、初めての旅の行き先はパリとモン・サン・ミッシェル

パリから北西に358キロ、ブルターニューとノルマンディーの境の海に浮かぶ

             モン・サン・ミッシェルを目指します。

                往復8時間の大移動です。

  

 フランスの高速道路は広く快適で、途中にはお国柄か こんな看板がいたる所に

        見えて、長いドライブの疲れを忘れさせてくれます。

   
  
  


    モン・サン・ミッシェルに向かう途中、ノルマンディーの海岸の近くを走ります。

  第二次世界大戦の1944年6月6日 史上最大の作戦は、この長い海岸に

  イギリスとアメリカのパラシュート部隊が降り立つ所から始まり2ヶ月間の激しい戦いの後

ナチス ドイツに侵略されたフランスを救ったことで有名ですが、最初に解放された町が

           あのタペストリーで有名なバイユーの町だったそうです。


d0098198_914625.jpg

            タペストリーのモンサンミッシェル


  708年、このモンサンミッシェルの対岸にある町の司教が夢枕で、聖ミカエルから

        「岩山の上に修道院を建てよ」と告げられたのが、

          このモン・サン・ミッシェルの始まりだそうです。

        
              聖ミカエルと お告げを受けた司教 オベール


  
         修道院付属の教会                         内庭回廊



    
       オムレツで有名な プラールおばさんのメール・プラールと名物のビスケット



  
              可愛いお土産屋さんの看板通り


  聖ミカエルは、ヨハネの黙示録の中で悪魔の象徴の竜を打ち倒したことから手には

剣を持っています。また人間が死を迎えるとき、最後の審判をする審判員なので天秤を

                 持っていることも多いそうです。
  
     
    塔の上の聖ミカエル                   実物大の聖ミカエルの複製


      私達が訪れた時は引き潮で、あたりは干潟になっていました。

 嘗ては、この地方の潮の満ち引きが早く、その高低差も最大15メートルもあったため

          多くの巡礼者が、潮に飲まれて命を失ったそうです。

     しかし近年、道路が出来たため、潮の満ち引きに影響が出て、

  このままではこのモン・サン・ミッシェルは海に浮かぶ事がなくなってしまうと、

   将来的にはこの道路をなくして、嘗て巡礼の人々が歩いてこの島に

         渡って来たように戻す計画が始まったそうです。

   


そして、今まで体積した土を、一気に流すためのダムの建築も始まっていました。

1979年に世界遺産に登録されたこの美しい風景が、私達の時代に失われて

しまわないようにいつまでも保たれて、いつか娘に子供が生まれたら、

また同じこの素晴らしい景色を見てもらいたいと願ったMrs.Y なのでした
[PR]
# by mrsylondon2005 | 2007-01-19 09:18 | 旅行

フリーメイソンは秘密結社か?



d0098198_655592.jpg



 白く聳え立つ不等辺五角形の白亜の殿堂こそ、あの秘密結社で

名高いフリーメイソンの本部建物です。


 観光客で賑わう、コベント ガーデンから歩いて5分ほどの場所ですが

なぜか、人を寄せ付けない建物という印象を受けるのは私だけなのでしょうか?

フリーメイソンと言えば、謎に満ちた秘密結社、或いは変わったコスチュームで

これまた秘密の儀式を行う団体のようなイメージが先考してしまいますが

同じ信条で結ばれた現存最古の団体かもしれません。

d0098198_8274581.jpg


Mrs.Y は 今回フリーメイソンの本部に潜入して、その正体に迫ろうと思います。

 
フリーメイソンの起源は、中世イギリスの石工の職人ギルドとされますが
     
中世の時代、教会を建てる職人はもっとも信頼の置ける人々

であるとされたようです。

 そして1717年にジョージ2世の皇太子フレデリックがメンバーになってからは

イギリス王室と密接な関係を築き、近代フリーメイソンが始まったそうです。

ロンドンにグランド・ロッジなる集会所ができたのもこの年で

さらに各地に各国に広がってゆました。


この頃から、職人組合と言うよりは、紳士結社さらには、エリート集団と言う

意味合いが強くなってゆくのですが、この建物の中には

シンボルめいた物が沢山あります。


 ダ・ビンチ・コードで見たような上向きと下向きの三角形で作られた星は

ダビデの星或いはソロモンの封印とされ、建物内部のいたる所に見られます。



1400席はあるという大神殿 グランド テンプル は最も神聖な場所です。

天井にはメイソンと宇宙のつながりを示す、太陽や月星が

 鮮やかな青い色の中に金色で描かれています。


この天体を囲む東西南北の壁面には、東にソロモン王とヒラム王

西には、数学者ピタゴラスとユークリッド、南には白馬に乗った太陽神ヘリオス

そして、北にはすべてを見通す神の目が全てモザイクで描かれていました。

   
d0098198_6594425.gif
フリーメイソンで、もっともシンボリックな物は、建築用具の直角定規と

コンパスで この二つは、道徳と真理を表しているそうです。

  
d0098198_711258.jpg
では、入会資格はと言うと、神の存在を信じる人望厚い全ての男性に開かれ

ているそうですが、イギリスでは、女性には門戸は開かれていないようです。

  
d0098198_6575416.jpg
 
待合室に飾られた、ジョージ・ワシントンを筆頭に、チャーチル、コナン・ドイル、

 モーツアルト、ゲーテ、日本人では吉田茂と凄い面々が名を連ねています。

 この団体、メンバー同士は、お互いに握手の仕方やハグの仕方で解るそうですが・・・。

  Mrs.Yには、結局 解ったような解らないような・・・・。

     
写真でお見せしたかったのですが、ココでは写真撮影禁止で涙のMrs.Y なのでした 
  

   
   

 
[PR]
# by mrsylondon2005 | 2006-12-16 06:15

ローマの遺跡 と バイユータペストリー





今から2000年以上も前に、ローマ人はこのブリテン島にやってきました。

そして、数々の洗練されたローマの文化を築きました。

そして、それはアングロ・サクソン人がこの島に入ってくるまで続きました。

ローマ人は、イングランド全土に、約80あまりの都市を築き

全長1万キロメートルを越える道路で結びました。

d0098198_2394492.jpg


ロンドンのあのクマのパディントンでも有名な パディントン駅から

列車で30分ほどの地方都市、レディングの郊外のシルチェスターには

今でもローマ人の城壁跡と円形競技場跡が残っています。


この円形競技場紀元50年から75年くらいに作られたそうです。

この用途はまだはっきりとは解っていないそうですが動物の虐待や

処刑場闘技場として使われたようです。

左右にあるくぼみには、メネシスという運命の神が祭られて

逃げ場としても使われていたそうです。

城壁で囲まれた中には、街があり、住居には浴室のあるものも

あったそうです。

この遺跡から出土した、ローマ人の遺産が、レディングの博物館に

展示されているのです。

そして、この博物館には、 バイヨータペストリーと呼ばれる全長50メートル

ほどの亜麻に収集されたタペストリーが展示されています。

このタペストリー、1077年に作られたノルマンディー公ウィリアムの

イングランド征服のストーリーでフランスのバイユーに本物(全長70メートル)

があります。


イングランド版は今から100年前、イギリスの35人の婦人によって

刺繍されました。

中には、モン・サン・ミッシェルや当時のウエストミンスター寺院の刺繍も

見られます。

1066年、今まで見たこともない彗星がヨーロッパの上空に現れました。


このハーレー彗星を見た人々は、この国になにか起こるのでは

ないかと予感します。

その予感どうり、この年にヘイスティングの戦いで勝った

ウィリアム征服王はウィストミンスター寺院で、ウィリアム一世として即位し

現在も続くイギリス王室はハーレー彗星の表れとともに

始まったのでした。


タペストリーの中に見る、ハレー彗星と、それを見上げる人々の姿が

印象深かったMrs.Yなのでした。
[PR]
# by mrsylondon2005 | 2006-12-10 06:22

ラトレル詩篇書 昔の本

d0098198_4194727.jpg



ジェフリー・チョーサーの書いたカンタベリー物語は、イギリスで英語で書かれた

初めての小説でした。

それ以前は、ラテン語で書かれるのが常でした。

13世紀の豪族のラトレルが作らせた「ラトレル詩篇書」もラテン語と面白い絵で

中世の庶民的な歴史や習慣を描がいた美しいものです。

詩篇とは旧約聖書の中にある、賛美歌や嘆きの歌や、王に関する歌などで

ハレルヤなども詩篇の中にでてくるものです。


まだ、印刷技術がなく、紙を高価なこの時代には、

d0098198_4205583.jpg


羊の皮や子牛の皮にダチョウの羽で作ったペンで

d0098198_4213441.jpg


樫の木から取れるインクで一文字づつ書いていたのでした。

d0098198_4222265.jpg



このようにして書かれた、詩篇は今見ても楽しいものが探せます。

大英図書館では、エキシビションで、この「ラトレル詩篇書」を原本から

カラーコピーした物を展示して、手にとって見る事ができるようにしています。

本来の原本は、暗い展示場の硝子ケースの中で、1ページだけが展示されて

いますが、このコピー本は自由にページをめくって眺める事ができました。

このコピー本、290ポンドで販売されています。


d0098198_4233236.jpg


この本の依頼者、ラトレルは中央に座ってウサギの耳のような帽子

をかぶっています。

これはこの時代のお洒落だそうで、テーブルの上にはまだフォークがなく

ナイフで食事をしていました。

今見ても可愛いと思う絵が、あるでしょう
[PR]
# by mrsylondon2005 | 2006-12-05 04:27 | 歴史

大聖堂のある街  ハリー・ポッターの魔法学校

d0098198_631235.jpg



d0098198_554392.jpg



加代子さんとキングス・クロス駅の9と3/4のプラットホームで

お別れしてから、ボグワーツ魔法学校に向かいました。

グロスター大聖堂は、11世紀に建てられた教会で、ボグワーツ魔法学校の

廊下として使われた回廊は14世紀から残るイギリス最古で

もっとも美しいと言われている回廊です。

14世紀から、この回廊の北側には、中庭に面して手洗い場が作られていて、

絶えず水が流れていたそうです。

反対側には、タオルを置く棚のようなくぼみもあります。

当時はまだフォークは使われていなくて手づかみで食事をしていたので

修道僧たちは、食事の前に手を洗わなければなりませんでした。

このように14世紀において、手洗いで絶えず水が流れていたのは

とても贅沢な事だったそうです。

この頃の、修道院では、主たる食事は一日一回で、食事の間には

聖句が朗読されていた為、食事をする者は、一切声を出す事が禁じられて

いた為に、手話のようなものが考案されていたそうです。

誰一人いない回廊にたたずんでいると、ふっとハリーが現れるような気がした

Mrs.Yなのでした。



d0098198_6354513.jpg

[PR]
# by mrsylondon2005 | 2006-12-02 07:04

ロンドンの四季を通して、心豊かな日常を綴ります


by mrsylondon2005
プロフィールを見る
画像一覧