自転車に乗るMrs.Y

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日本での恒例の自転車に乗るMrs.Yの行き先は東京ミッドタウン

 
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小石川後楽園を出発して神楽坂でまずペコちゃん焼きのお店を覗きます。

整理券を配っていたので、購入を断念してカナルカフェの前を通ると

長蛇の行列にびっくり。

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テレビドラマでこの界隈が話題になったそうで、昨年ここで結婚のお披露目

パーティーをした娘夫婦も、「今年だったら予約できなかったかも

去年で良かったね~」と一言。

飯田橋を過ぎると、難関の長い坂道があり、若い2人は自転車でらくらくと

先を行きますが,私は息切れして、自転車を押しながら坂を上ります。

四谷あたりからは、平坦な道のりで自転車の速度も上がり、快調に

ペダルをこぎ,風に乗って舞う櫻の花びらの下を、旧乃木邸前まで走りました。

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           乃木神社内


旧乃木邸で自転車を降りて、少し見学する事に、ロンドンではミューズと

言って馬小屋も立派な住いで馴染みがあります。

乃木邸内にも立派な馬屋が残されていました。

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ふと見上げると、目的の東京ミッドタウンが・・・・。

乃木神社でお参りしたあと、程なく目的地に到着しました。

この東京ミッドタウンには3時間無料の立派な駐輪場があって

案外自転車で来る人も多いようです。

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             表参道ヒルズ内
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先日行った表参道ヒルズと同じ建築家 安藤忠雄 によって設計された

このミッドタウン、よく比べられる六本木ヒルズよりも解り易い感じです。

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入っているテナントもパリで活躍している sadaharu AOKI  や 

DEAN and DELUCA など食いしん坊には魅力的かも。

忙しい合間にも、話題のスポットに行けて嬉しかったです。



今回の帰国はJAL さんのお世話になりました。

帰国の日、飛行機を待つ間、新しく出来たナリタ五番街でウィンドーショッピング

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JAL さんのラウンジで無料のマッサージに

自転車の疲れを癒したMrs.Y なのでした。


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# by mrsylondon2005 | 2007-04-18 15:46 | 季節

櫻咲く



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       今年の春は私にとって、特別な春でした。

昨年結婚して嫁いで行った娘に続き、六年間の大学生活を終えた息子も

          とうとう巣立って行ったのでした。

卒業式の朝、関西から出てきてくれた母と息子と三人で大学に向かいました。

卒業を迎えた多くの学生たちや、そのご両親で溢れた会場前で息子と別れ

父兄の会場に母と二人で席すわり、遥か前方のスクリーンを眺めながら

卒業式の始まるのを待つ間、幼稚園の頃の息子の姿が脳裏をよぎります。

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卒業式の間には涙が流れるのかしらと、漠然と考えていましたが

それどころか、スクリーンで眺める卒業式に飽きてしまい、母を促して途中で

          会場を跡にしてしまいました。

後で聞くと、息子も途中退座をしたとか・・・・似た者親子の私達に母も呆れ顔の

              卒業式当日でした。




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そして帝国ホテルで行われた謝恩会では、初めて息子の医学部の同級生を

  紹介してもらい、なかなか楽しい6年間だったのかなと安心したり

105名の卒業生の親御さんの25パーセントがお医者様という事もあってか

   ご父兄のいでたちも華やかで、そんな中母と二人で食の方にばかり

               集中したのでした。




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そして、医師国家試験の発表の日は、家でパソコンの画面を眺めて

       味気なく盛り上がりの欠ける合格の知らせでした。

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お祝いは、娘の嫁ぎ先の富山から贈られた尾頭付き鯛のかまぼこで

                 祝ったのでした。




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三月の最後の日はお引越し、お引越し屋さんを頼んだらと言う私の言う事も

  聞かずトラックを借りてきた息子のお手伝いに借り出され、病院内の

  研修医寮までトラックの助手席に乗り、それでも少しウキウキしながら

     自宅から病院のある広尾まで窓の景色を眺めていました。



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5月には新築の寮が建ち、その後取り壊されるという研修医寮の窓からは

   高圧電線と満開の桜が見え、殺風景な部屋にも少し彩りを

             加えているようでした。

  ここで、息子の新しい生活が始まるのかと思うと、意外にも卒業式より

  感慨深く感じて、エレベータが無く階段で荷物を一人運ぶ息子の姿を

                ソッと眺めていました。


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誰も居なくなった自宅を跡にして、自分の人生が次の段階の入った事を

   感じながら、今度はどんな楽しい事が待っているのかなと

             考えるMrs.Yなのでした。

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# by mrsylondon2005 | 2007-04-14 16:17

ポートランドの壷とウエッジウッド

     
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           大英博物館には ポートランドの壷 と呼ばれる

             エトルリア時代の壷があります。

       今から2000年ほど前にイタリアで作られたとされる

                   美しい壷です。

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  この壷の表面に描かれたのは、古代ギリシャ神話のペレウス海の女神テティス

      婚礼のシーンと言われていますが、今から2000年も前にこんなに美しい

        カメオグラスの壷が作られたと思うと、溜息がでてきそうです。


      英国陶工の父と言われるジョサイア・ウエッジウッドも、私と同じように

          この壷を見て感動し、なんとか同じような物が作れないかと

                 考えたのではないでしょうか?


     やがて、彼はこの壷を借りる機会得てウエッジウッドのジャスパー・ウェアーの

             技術で5年の試作の後、第一作が完成します。

     現在でも、ウエッジウッド社のバックスタンプは、この壷がデザインされています。


       スタフォードシャーにある、陶磁器の街ストック・オン・トレントの

    ウエッジウッド窯のウエッジウッドの銅像はいつも手にしたこのポートランドの壷を

             眺めているように感じるMrs.Yなのでした



                     
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# by mrsylondon2005 | 2007-03-10 03:42 | 歴史

ヘンリーⅧと 6人の妻たち



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           少し前になりますが、テイト ブリテンで行われ

              ていたホルバイン展に行きました。

         ハンス・ホルバインはドイツ生まれでチューダー朝の

                 宮廷画家として活躍しました。

          特にあの悪名高きヘンリーⅧやその妻達を描いた事でも有名です。

        ホルバイン展では、トーマス・モア家の人々のポートレートや

          画家としてだけでなく宝石やシルバーウェアーのデザインなど

                彼の多才な才能がわかる特別展でした。

          また彼の描く人物像を見ているうちに、ヘンリーⅧの6人の妻を

                      調べてみたくなりました。

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       第一番目の妻 キャサリン オブ アラゴン(1485~1536)

         もともと、ヘンリーⅧの兄アーサーと結婚するも兄の急死で

        1509年にヘンリーⅧと結婚し、娘メアリー(後のメアリーⅠ世)を

      もうけるが1533年に結婚の無効を突きつけられ、キンボルトン城で亡くなる。


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         第二番目の妻 アン ブリーン(1507~1536)

     一番目の妻キャサリンの女官で、彼女との結婚のため、ローマ・カトリック教会と

                    訣別して、1533年に結婚する。

     娘エリザベス(後のエリザベスⅠ世)をもうけるが、1536年に姦通罪にて

                         処刑される。


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          第三番目の妻 ジェイン シーモア (1509~1537)

          アン ブリーンを処刑した翌日、ハンプトンコート宮殿で結婚の

          誓約をし、その翌年待ち望んだ男子エドワード6世を産むが

                  その12日後に亡くなる。


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        第四番目の妻 アン オブ クレーヴス (1515~1557)

             ドイツに行ったホルバインの描いたアンのポートレートで

        結婚をするが、実際の容貌を不満に4ヶ月で婚姻は解消される。

       その後、リッチモンド宮殿に過ごしウエストミンスターアベーに葬られる。


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        第五番目の妻 キャサリン ハワード (1521?~1542)

       2番目の妻アン ブリーンの従妹である彼女は、1540年に結婚。

           しかし、その2年後姦通罪でロンドン塔で処刑される。


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            第六番目の妻 キャサリン バー (1512~1548)

         二回の結婚暦のある未亡人、1543年晩年のヘンリーⅧと結婚する。

        エリザベス、メアリー、エドワード6世の養育をし、王から信頼を得ていた。

            1547年に、ヘンリーⅧが亡くなった後、ジェイン シーモアの兄

       トーマス シーモアと再婚し出産するが、産後の肥立が悪くその翌年に亡くなる。



         1547年、55歳でヘンリーⅧは亡くなり、息子のエドワードは9歳で

             エドワードⅥとして即位するが、15歳で亡くなる。

          その後メアリーⅠ、エリザベスⅠと王位は継がれて行った。



        イギリスに暮らすようになり、教会などを訪れるたびに耳にする
 
       ヘンリーⅧの名やローマ・カトリックとの訣別、修道院破壊と没収の

     陰に生きた妻達は、はたしてひと時でも幸せを感じた時期が、あったのかどうか

       解りませんが、肖像画の中の妻達の表情が一様に憂いを帯びていると

                     感じるMrs.Yなのでした。




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# by mrsylondon2005 | 2007-03-06 18:27 | 歴史

イギリス版 村興しと ローラ・アシューレー

    
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           イギリスの村々も、日本と同じような悩みを抱えて

        村興しに励む地域があると聞き、ウエールズ地方のヘイ・オン・ワイ

                   という村を訪れました。



       ロンドンから車で3時間ほど走ると、なだらかな丘陵の中にある村

      ヘイ・オン・ワイは村興しの為に古本屋さんが、小さな村で30軒以上も

                    軒を連ねています。

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       今ではこれが有名になってロンドンあたりからも人々が

                 訪れ活気のある村となりました。


         そのヘイ・オン・ワイからさらに車で30分ほど走ると

   今度はローラ・アシュレーのホテルとして知られた、スランゴイド・ホールが

    このあたりに連なるブラック・マウンティンズを背景にして表われてきました。
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     今は亡きローラ・アシュレーが夫の所有していたスランゴイド・ホールの

         全ての物を彼女のものでコーディネートしたホテルです。
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      各部屋それぞれのカーテンやジュータン、壁の額や置物の全てが

          ローラ・アシュレーの世界をかもし出していています。

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      窓から見えるのは、山々と緑の芝生、そして群れを成す羊達、

       日常を忘れるほど優雅なひと時を過ごすことが出来そうです。


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     ところで、今回はウエールズを訪れて、イングリッシュとは違った

                  単語を見つけてきました。

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       このスランゴイド・ホールもスペルはLlangoed Hall なのです。

       ウエールズ語は、なかなか手ごわそうだと感じるMrs.Yなのでした

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# by mrsylondon2005 | 2007-03-01 01:30 | 旅行

大聖堂のある街    鐘と大聖堂

  
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    私が暮らすロンドンの街には、教会がたくさんあって

その教会の鐘の響きを耳にする事は珍しい事ではありません。

それでも、教会の鐘を突くのを目の当たりにする機会は

      なかなかある頃ではないでしょう。


  先日、ロンドンから約230キロ北東にあるウエールズ地方の

     小さな街、ヘリフォードの大聖堂を訪ねました。

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朝まだこれから始まるミサの前で静かさに満ちた大聖堂の中に

足を踏み入れステンドグラスや、側面に12人のキリストの弟子の描かれた

    ノルマン時代の洗礼盤や聖歌隊席などを見て歩いていると

隅の方にある小さな開いたドアと上の方に続く狭い螺旋階段が目に入り

        導かれるように階段を上がってゆきました。

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思ったより階段は多くて、息を切らしながら200段以上上がったところで

        教会の屋根の基礎の部分に到着しました。

そこからさらに伸びて行く階段を登って行くと、ぽっかりと開けた空間に

         7~8人の方々が、集まっていました。


  息を切らして、入っていった私に一人のおじ様が声を掛けて

下さったのでロンドンから大聖堂の見学に来た事をお話すると、

おじ様はこの空間の上の部分の鐘を見せてくださると言うので

             付いてゆきました。

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      この大聖堂の鐘は、古いもので1400年代だそうで

     鐘の保護のためにもこの鐘を鳴らすのは日曜日だけと

             決められているそうです。

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そして9時40分頃になると、おじ様もオバサマも垂れ下がったロープを握り

一斉にロープを引き始めると、鐘が響き始めあたりの空気も振動を始めました。


こうして最後に、テンダーと呼ばれる大鐘を鳴らすおじ様が、体一杯にロープに

ぶら下がるように10回最後の鐘を鳴らして、あたりは静寂に戻ったのでした。

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     一人のおじ様は、60年間この鐘を鳴らしているそうです。

そのほかのおじ様もオバサマも皆さん、一週間に一度この鐘を鳴らすために

この教会にやって来ると話されていましたが、そういったイギリス人の

          人生観を垣間見るひと時でした。


    皆さんとお別れして、また下界に降り立ったMrs.Y心には


        爽やかな鐘の音が響いていたのでした。

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# by mrsylondon2005 | 2007-02-21 03:12 | 旅行

ロンドンの冬

    イギリス生活において、長くて陰鬱な冬の過ごし方は

            大きな課題の一つです。

初めてイギリスを訪れて、冬に季節性の鬱になったというのは

よく聞くお話ですので、私も最初の冬は心配したものでした。

私の場合は、兎に角 家にいないで、出かけている事が一番冬を感じないで

済むと言うか、それを言い訳にして毎日出歩いているこの頃です。

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昨日は、「イギリス人は、おかしい」や「イギリス人は かなしい」の

著者である高尾慶子さんの講演会に出かけました。

関西出身の高尾慶子さんは、在英30年で さる映画監督のお宅の

ハウスキーパを経て「イギリス人は おかしい」などの作品の中で

辛らつなイギリス批判をされているのですが、ご自身は英国政府から

年金を貰って、英国で快適な年金生活をおくられているそうですが

来英当時のとても先進国とは思えない英国のお話など

興味深かったです。



そして最近出版された「イギリス うふふの年金生活」と

「やっぱり、イギリス人はおかしい」の2冊を購入して、サインと握手をして頂き

素顔の高尾さんは、愛嬌のあるナニワのオバちゃんだと感じました。


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チャイナ・ペイントの方も久しぶりに一つ作品ができあがりました。

お稽古数が少なく、なかなか上達できないのですが、描いている時は

楽しいMrs.Yです。

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また日本の一時帰国の備えて、なにかユニークなお土産はないかと

キョロキョロ・・・・日本で話題になっているデトックス系のお茶を見つけました。

Dr.スチュアートのハーブティーはパッケージも可愛く、効き目もありそうです。

そして、こんな物も見つけましたが・・・・。

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効き目の方は、どうなんでしょうか~。
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# by mrsylondon2005 | 2007-02-16 02:28

大聖堂のある街  白と黒の街 チェスター

   
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     チェスターはロンドンから北西に約300キロの都市です。

    今から約2000年前に、ローマ人が要塞を築き、このブリテン島の

   重要拠点とした事から、チェスターと呼ばれるようになったそうです。

   イギリスには、ウィンチェスターや、ロチェスター、チェチェスターなど

 沢山のチェスターの付く都市がありますが、チェスターと単独で

  呼ばれるのはこの街だけで、それだけ重要な拠点だったと思われます。


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 かつては、グルリと城壁に囲まれた街の中に大聖堂やお城がある城下町の

  ようだったのでしょうが、今でも城壁が残り中世の香りが残されています。

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    この大聖堂には、宗教法廷として使われたチューダー朝の法廷があり

         イングランドで唯一現存しているそうです。

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   また 聖歌隊の座るミゼリーコードもユニークな物が残されていますが

    生憎 Mrs.Yが目にすることができたのは、たったの2席だけでした。

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  大聖堂は、ヴィクトリア時代に大きく改修され、古い物と新しい物が混在し

     居心地の悪さを感じさせられ、短い時間で巡礼を終わらせ

               街の散策に出かけます。


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   チェスターの街は、白と黒のチューダー調の町並みが美しく、

           いくら眺めていても飽きません。

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  ジョン・レノンのおばあさんが生まれたと言う、ベアー&ビレットに立ち寄り

  1000枚以上のガラスがはめ込まれている窓から、パンダのような白黒の

       町並みをいつまでも眺めていたMrs.Yなのでした
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# by mrsylondon2005 | 2007-02-06 06:28

霧の街 シエナ と 聖フランチェスコのアッシジ

  
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 フィレンツェから列車で、1時間40分程行くと

   中世ヨーロッパにおいて金融で栄えた街 シエナに着きます。


   シエナに着くと、霧の中にマンジャの塔が浮かんでいるようで

    シエナの有名なお祭りであるパリオが開催されるカンポ広場も

           霧に包まれていました。

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      金融で財を得て、豪華な大聖堂を建築したそうですが

       大聖堂の中も豪華絢爛と言う言葉がが当てはまるほど

            贅を尽くした装飾です。
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      大聖堂の前にあったローマ建国の伝説の雌狼に育てられた

    双子のロムレスとレムスの像のモザイクが床の上にも描かれています。

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       しかし、旅行から既に1ヶ月経ってしまったので、

      何故そこに描かれていたのか、忘れてしまったMrs.Yです。

  しかし、少し調べてみると、シエナが嘗てローマの植民地であった事に

              由来しそうです。

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   そしてMrs.Yのイタリアの世界遺産の旅の思い出の最後を締めくくるのは

      イタリア中部ウンブリア州のアシッジの街です。

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    キリスト教のフランチェスコ派の聖フランチェスコを生んだこの街の

 修道院には、聖フランチェスコのお墓やジョットの聖フランチェスコの生涯を描いた

         28の連続フレスコ画が残されていました。
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      下層のバシリカにある聖フランチェスコのお墓に行く前に

     今から約700年前に描かれたとされる、夕日のマドンナを

    この目で拝んで、ありがたい気持ちになったMrs.Yなのでした

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双子のロムレスとレムス

伝説によると、アルバ・ロンガ王国のレア・シルウィアは「ウェスタの巫女」といわれ

その巫女と軍神マルスとの間に双子の男の子が生まれた。

レアの父親はヌミトル、ヌミトルにはアムリウスという弟がいた。

王位を兄から奪ったアムリウスは、マルスとの間に子を設けたレアを許さず

彼女を殺し、双子をテヴェレ河に流す。

この双子が、ローマ建国をなしたロムルスとレムスである。雌狼に拾われ、

授乳されていた兄弟は、羊飼い夫婦のもとで成長した。

成人したロムルスとレムスは、自分の出生の秘密を知り、配下の羊飼いを率いて

アルバに攻め入る。そこで王を殺し、父ヌミトルを復位させ、テヴェレの下流に

新たな国を建てることを決めた。

だが、ここでの問題は、どの場所でどちらが王になるかであった。

双生児である2人には、それは難しい問題だった。

鳥占いの結果、ロムルスはパラティヌスの丘、レムスはアウェンティヌスの丘に都市を

建設することになった。

鳥占いとは、2人が別々の場所に立ち、沢山の鳥が早く現れた方が勝ちというもの。

レムスの方には6羽の鳥が現れた。ロムルスの方には遅れて12羽の鳥が現れた。

結局勝負は引き分けに終わった。

だが、勢力圏の境界に不満を持ったレムスは、城壁を飛び越えた。

これは、他者の権利の侵害であり、 ローマ人の考えでは許されないことだった。

ロムルスはレムスを殺し 紀元前753年、ティヴェレ河の7つの丘のほとりに

新都市国家ローマが建設された。
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# by mrsylondon2005 | 2007-02-03 02:55

塔の街 ピサと サン・ジミニャーノ


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    イタリアの花の都 フィレンツェから 少し足を延ばすと

   嘗栄華を極めた街が点在していました


   ピサは10世紀から栄えた海洋王国だったそうです。

今では、傾斜角度5.5度と大きく傾いた斜塔で有名ですが

     この塔はピサの大聖堂の鐘楼として建てられたもので

  ガリレオ・ガリレイが塔の上から落下の実験を行った事もあるそうです。

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      大聖堂の中では  イスラム国からの戦利品として

        持ち帰ったイスラム様式の柱が目を引きました。

 
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   塔の街と言えば、サン・ジミニャーノも忘れる事ができません。

   フィレンツェから郊外に向かうとなだらかな丘陵地帯に

          突然塔の群れが現れてきました。

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     中世の面影を深く残すこのサン・ジミニャーノには

       嘗ては72本もの塔が乱立していたそうです。

 この地に暮らした貴族たちは、お互いの権力の象徴として塔を建て

       その高さで、権力を競ったと言われています。

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     ピサの街も、このサン・ジミニャーノの街もやがて衰退して

         今では時間の止まったような空間に

     Mrs.Yは嘗ての街の繁栄にしばし思いを馳せるのでした。
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# by mrsylondon2005 | 2007-01-31 19:49 | 旅行

ロンドンの四季を通して、心豊かな日常を綴ります


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