<   2007年 02月 ( 4 )   > この月の画像一覧

大聖堂のある街    鐘と大聖堂

  
d0098198_4371480.jpg


    私が暮らすロンドンの街には、教会がたくさんあって

その教会の鐘の響きを耳にする事は珍しい事ではありません。

それでも、教会の鐘を突くのを目の当たりにする機会は

      なかなかある頃ではないでしょう。


  先日、ロンドンから約230キロ北東にあるウエールズ地方の

     小さな街、ヘリフォードの大聖堂を訪ねました。

d0098198_4375338.jpg


朝まだこれから始まるミサの前で静かさに満ちた大聖堂の中に

足を踏み入れステンドグラスや、側面に12人のキリストの弟子の描かれた

    ノルマン時代の洗礼盤や聖歌隊席などを見て歩いていると

隅の方にある小さな開いたドアと上の方に続く狭い螺旋階段が目に入り

        導かれるように階段を上がってゆきました。

d0098198_4382537.jpg



思ったより階段は多くて、息を切らしながら200段以上上がったところで

        教会の屋根の基礎の部分に到着しました。

そこからさらに伸びて行く階段を登って行くと、ぽっかりと開けた空間に

         7~8人の方々が、集まっていました。


  息を切らして、入っていった私に一人のおじ様が声を掛けて

下さったのでロンドンから大聖堂の見学に来た事をお話すると、

おじ様はこの空間の上の部分の鐘を見せてくださると言うので

             付いてゆきました。

d0098198_4385799.jpg



      この大聖堂の鐘は、古いもので1400年代だそうで

     鐘の保護のためにもこの鐘を鳴らすのは日曜日だけと

             決められているそうです。

d0098198_4392571.jpg


そして9時40分頃になると、おじ様もオバサマも垂れ下がったロープを握り

一斉にロープを引き始めると、鐘が響き始めあたりの空気も振動を始めました。


こうして最後に、テンダーと呼ばれる大鐘を鳴らすおじ様が、体一杯にロープに

ぶら下がるように10回最後の鐘を鳴らして、あたりは静寂に戻ったのでした。

d0098198_439538.jpg



     一人のおじ様は、60年間この鐘を鳴らしているそうです。

そのほかのおじ様もオバサマも皆さん、一週間に一度この鐘を鳴らすために

この教会にやって来ると話されていましたが、そういったイギリス人の

          人生観を垣間見るひと時でした。


    皆さんとお別れして、また下界に降り立ったMrs.Y心には


        爽やかな鐘の音が響いていたのでした。

d0098198_4401527.jpg

[PR]
by mrsylondon2005 | 2007-02-21 03:12 | 旅行

ロンドンの冬

    イギリス生活において、長くて陰鬱な冬の過ごし方は

            大きな課題の一つです。

初めてイギリスを訪れて、冬に季節性の鬱になったというのは

よく聞くお話ですので、私も最初の冬は心配したものでした。

私の場合は、兎に角 家にいないで、出かけている事が一番冬を感じないで

済むと言うか、それを言い訳にして毎日出歩いているこの頃です。

d0098198_2222622.jpg



昨日は、「イギリス人は、おかしい」や「イギリス人は かなしい」の

著者である高尾慶子さんの講演会に出かけました。

関西出身の高尾慶子さんは、在英30年で さる映画監督のお宅の

ハウスキーパを経て「イギリス人は おかしい」などの作品の中で

辛らつなイギリス批判をされているのですが、ご自身は英国政府から

年金を貰って、英国で快適な年金生活をおくられているそうですが

来英当時のとても先進国とは思えない英国のお話など

興味深かったです。



そして最近出版された「イギリス うふふの年金生活」と

「やっぱり、イギリス人はおかしい」の2冊を購入して、サインと握手をして頂き

素顔の高尾さんは、愛嬌のあるナニワのオバちゃんだと感じました。


d0098198_2241893.jpg
チャイナ・ペイントの方も久しぶりに一つ作品ができあがりました。

お稽古数が少なく、なかなか上達できないのですが、描いている時は

楽しいMrs.Yです。

d0098198_225415.jpg


また日本の一時帰国の備えて、なにかユニークなお土産はないかと

キョロキョロ・・・・日本で話題になっているデトックス系のお茶を見つけました。

Dr.スチュアートのハーブティーはパッケージも可愛く、効き目もありそうです。

そして、こんな物も見つけましたが・・・・。

d0098198_2262169.jpg


効き目の方は、どうなんでしょうか~。
[PR]
by mrsylondon2005 | 2007-02-16 02:28

大聖堂のある街  白と黒の街 チェスター

   
d0098198_6564510.jpg
  

     チェスターはロンドンから北西に約300キロの都市です。

    今から約2000年前に、ローマ人が要塞を築き、このブリテン島の

   重要拠点とした事から、チェスターと呼ばれるようになったそうです。

   イギリスには、ウィンチェスターや、ロチェスター、チェチェスターなど

 沢山のチェスターの付く都市がありますが、チェスターと単独で

  呼ばれるのはこの街だけで、それだけ重要な拠点だったと思われます。


d0098198_6573499.jpg

 かつては、グルリと城壁に囲まれた街の中に大聖堂やお城がある城下町の

  ようだったのでしょうが、今でも城壁が残り中世の香りが残されています。

d0098198_6583100.jpg


    この大聖堂には、宗教法廷として使われたチューダー朝の法廷があり

         イングランドで唯一現存しているそうです。

d0098198_6582642.jpg



   また 聖歌隊の座るミゼリーコードもユニークな物が残されていますが

    生憎 Mrs.Yが目にすることができたのは、たったの2席だけでした。

d0098198_705041.jpg


  大聖堂は、ヴィクトリア時代に大きく改修され、古い物と新しい物が混在し

     居心地の悪さを感じさせられ、短い時間で巡礼を終わらせ

               街の散策に出かけます。


d0098198_659738.jpg


   チェスターの街は、白と黒のチューダー調の町並みが美しく、

           いくら眺めていても飽きません。

d0098198_6593028.jpg


  ジョン・レノンのおばあさんが生まれたと言う、ベアー&ビレットに立ち寄り

  1000枚以上のガラスがはめ込まれている窓から、パンダのような白黒の

       町並みをいつまでも眺めていたMrs.Yなのでした
[PR]
by mrsylondon2005 | 2007-02-06 06:28

霧の街 シエナ と 聖フランチェスコのアッシジ

  
d0098198_4203734.jpg
   

 フィレンツェから列車で、1時間40分程行くと

   中世ヨーロッパにおいて金融で栄えた街 シエナに着きます。


   シエナに着くと、霧の中にマンジャの塔が浮かんでいるようで

    シエナの有名なお祭りであるパリオが開催されるカンポ広場も

           霧に包まれていました。

d0098198_421938.jpg


      金融で財を得て、豪華な大聖堂を建築したそうですが

       大聖堂の中も豪華絢爛と言う言葉がが当てはまるほど

            贅を尽くした装飾です。
d0098198_421449.jpg


      大聖堂の前にあったローマ建国の伝説の雌狼に育てられた

    双子のロムレスとレムスの像のモザイクが床の上にも描かれています。

d0098198_4221853.jpg


       しかし、旅行から既に1ヶ月経ってしまったので、

      何故そこに描かれていたのか、忘れてしまったMrs.Yです。

  しかし、少し調べてみると、シエナが嘗てローマの植民地であった事に

              由来しそうです。

d0098198_4224987.jpg




   そしてMrs.Yのイタリアの世界遺産の旅の思い出の最後を締めくくるのは

      イタリア中部ウンブリア州のアシッジの街です。

d0098198_428860.jpg

    キリスト教のフランチェスコ派の聖フランチェスコを生んだこの街の

 修道院には、聖フランチェスコのお墓やジョットの聖フランチェスコの生涯を描いた

         28の連続フレスコ画が残されていました。
d0098198_4252884.jpg


      下層のバシリカにある聖フランチェスコのお墓に行く前に

     今から約700年前に描かれたとされる、夕日のマドンナを

    この目で拝んで、ありがたい気持ちになったMrs.Yなのでした

d0098198_42617.jpg



d0098198_4271867.jpg


双子のロムレスとレムス

伝説によると、アルバ・ロンガ王国のレア・シルウィアは「ウェスタの巫女」といわれ

その巫女と軍神マルスとの間に双子の男の子が生まれた。

レアの父親はヌミトル、ヌミトルにはアムリウスという弟がいた。

王位を兄から奪ったアムリウスは、マルスとの間に子を設けたレアを許さず

彼女を殺し、双子をテヴェレ河に流す。

この双子が、ローマ建国をなしたロムルスとレムスである。雌狼に拾われ、

授乳されていた兄弟は、羊飼い夫婦のもとで成長した。

成人したロムルスとレムスは、自分の出生の秘密を知り、配下の羊飼いを率いて

アルバに攻め入る。そこで王を殺し、父ヌミトルを復位させ、テヴェレの下流に

新たな国を建てることを決めた。

だが、ここでの問題は、どの場所でどちらが王になるかであった。

双生児である2人には、それは難しい問題だった。

鳥占いの結果、ロムルスはパラティヌスの丘、レムスはアウェンティヌスの丘に都市を

建設することになった。

鳥占いとは、2人が別々の場所に立ち、沢山の鳥が早く現れた方が勝ちというもの。

レムスの方には6羽の鳥が現れた。ロムルスの方には遅れて12羽の鳥が現れた。

結局勝負は引き分けに終わった。

だが、勢力圏の境界に不満を持ったレムスは、城壁を飛び越えた。

これは、他者の権利の侵害であり、 ローマ人の考えでは許されないことだった。

ロムルスはレムスを殺し 紀元前753年、ティヴェレ河の7つの丘のほとりに

新都市国家ローマが建設された。
[PR]
by mrsylondon2005 | 2007-02-03 02:55

ロンドンの四季を通して、心豊かな日常を綴ります


by mrsylondon2005
プロフィールを見る
画像一覧