<   2007年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

塔の街 ピサと サン・ジミニャーノ


d0098198_19434865.jpg

    イタリアの花の都 フィレンツェから 少し足を延ばすと

   嘗栄華を極めた街が点在していました


   ピサは10世紀から栄えた海洋王国だったそうです。

今では、傾斜角度5.5度と大きく傾いた斜塔で有名ですが

     この塔はピサの大聖堂の鐘楼として建てられたもので

  ガリレオ・ガリレイが塔の上から落下の実験を行った事もあるそうです。

d0098198_19442852.jpg



      大聖堂の中では  イスラム国からの戦利品として

        持ち帰ったイスラム様式の柱が目を引きました。

 
d0098198_19454874.jpg



   塔の街と言えば、サン・ジミニャーノも忘れる事ができません。

   フィレンツェから郊外に向かうとなだらかな丘陵地帯に

          突然塔の群れが現れてきました。

d0098198_19461087.jpg



     中世の面影を深く残すこのサン・ジミニャーノには

       嘗ては72本もの塔が乱立していたそうです。

 この地に暮らした貴族たちは、お互いの権力の象徴として塔を建て

       その高さで、権力を競ったと言われています。

d0098198_242392.jpg



     ピサの街も、このサン・ジミニャーノの街もやがて衰退して

         今では時間の止まったような空間に

     Mrs.Yは嘗ての街の繁栄にしばし思いを馳せるのでした。
[PR]
by mrsylondon2005 | 2007-01-31 19:49 | 旅行

Constable  Country の Mrs.Y

d0098198_8365237.jpg




今週に入って、ロンドンはめっきり寒くなってきました。


  夜間ジンジン冷え込むと思ったら 朝起きるとあたり一面に雪が積もっていました。

      とは言っても、ロンドンの雪は溶け易いのか、出かける頃には

              もう溶けていました。

イタリアの旅の途中ですが、今日はまたイギリスのお話をさせてくださいね。



  映画などを見ていて、知った場所や、風景に出会うと何故か嬉しくなるように

       大好きな絵の中と同じ風景を見つける事が出来た時

        なんだかじ~んと来る事ってありますか?

        今日は、そんなお話を聞いて下さいね。



     18世紀の後半のイギリスの画家 ジョン・カンスタブルは

        美しいイギリスの風景画を沢山描きました。

    彼の描く風景は、暖かさや自然に対する誠実さが現れていて

      見ている者を、包み込んでくれるように感じるのです。

d0098198_8392195.jpg


     ロンドンのナショナル・ギャラリーの彼の代表作とも言える、

The Hay Wain (干草車)の描かれた Flatford には、

今でも 200年前と同じ風景が残っていました。

d0098198_840554.jpg


     

 それでもこの絵が描かれた時には、ロンドンの展覧会では成功しなかったそうです。

    彼が認められたのは、パリのサロンで、ドラクロアらが高く評価し

       額縁には、フランス王シャルル10世から授与された

         金メダルのコピーがはめ込まれています。


d0098198_840364.jpg


    今では、カンスタブルのこの絵は、イギリス人の最も愛する田園風景が

        描かれていると言われているを天国にいるカンスタブルは

           どう感じているのでしょうか?

     ともあれ、カンスタブルの絵の風景をカメラに収めようと

             歩き回るMrs.Yなのでした 
[PR]
by mrsylondon2005 | 2007-01-25 07:43

ローマ と ミケランジェロ

    
d0098198_67590.jpg


    イタリアの永遠の都 ローマは「全ての道は、ローマに続く」と言われ

    ヨーロッパ都市の原点、街の至る所には遥かな時を越えて存在し続ける

           歴史的遺産の足跡が残されています。


   また古代ローマ帝国の首都として、ヨーロッパの国に影響を与え、更には

       世界の歴史にもその影響を及ぼしたことを考えると自然に

    「ローマは一日にして成らず」と習った言葉が 胸に蘇ってきました。


   昨年ローマを訪れた時に、中にはいる事の出来なかったサン・ピエトロ寺院に

   向かい 寺院の中に入るやいなや、ミケランジェロの作品のピエタ像を探します。


     広い寺院の中でも、このピエタ像の前には、人垣が出来ています。

    小柄なMrs.Yは、こういった時は有利で、チョコチョコと人の間を縫って

       防弾硝子の中の、ピエタ像とご対面したのでした。


     感激を胸に、寺院の外に出ると、サン・ピエトロ広場には

        またまた多くの人垣が出来ていました。
  
d0098198_691810.jpg


    1656年にベルリーニが設計したとされるバロック建築の傑作の

      広場には、建物を越えるくらい大きなクリスマスツリーがあって

             その下に、人々が集まってきています。


      その人たちの見上げる方向には、赤いタペストリーの下がった窓から

          何方かが、お話をしている姿が、かすかに見えました。

   
d0098198_695010.jpg



      これぞ将にローマ法皇 べェネディクト16世 なにをお話されているのかは

   解りませんが、多分とてもありがたいお話で、チョッと得をした気分のMrs.Yです。


     サン・ピエトロ広場を後にして、サン・タンジェロ城に向かいます。


  
d0098198_6101882.jpg

   このお城、元はハドリアヌスの帝の廟として135年に建造されましたが

 お城の名前は、聖天使ミカエル(Sant’Angelo)が590年ペストが大流行した際に

    現れて、剣で疫病を打ち払って街を救った伝説に由来しているそうです。


  お城から、テベレ川に掛るサン・タンジェロ橋は、ローマ屈指の美しい橋で

    ベルリーニ作の天使の像の恍惚とした表情は、以前行った

サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会の聖テレサの法悦を思い起こさてくれました。

  
d0098198_6104838.jpg


  イタリアで迎えたニューイヤーイヴは 激しい鳴り響く花火の音と

       あたり一面を煙で包むほど激しい爆竹の音で

     イタリア人の情熱の強さを 改めて感じたMrs.Yなのでした

d0098198_6112915.jpg


 ピエタとは、イタリア語の哀れみや慈悲と言った意味で十字架から下ろされた

     キリストを抱くマリアの絵画や彫刻を指します。

  サン・ピエトロ寺院のミケランジェロのピエタ像は、彼が25歳にも満たない時に

   製作したもので、作品の出来栄えを嫉妬した人が、彼が作ったのではないと

   言った為、唯一この作品にはマリアの洋服の所に、彼の署名が入っています。


      そして、このピエタ像にはもう一つの逸話が残っています。

  このピエタを製作するに当たって、彼は当時のお金で150ドゥカートを

  要求したそうですがこれは相当な金額で、依頼主も「高すぎる」と言った時、

   彼は平然として「得をするのは、あなたです」と言い放ったという・・・。

   あのシスティーナ礼拝堂をたった一人で仕上げた気質の片鱗は

          この頃既にあったようです。


  ともあれ、この憂い秘めたマリアに嘗て何処かであったような気がして・・・。

  あれはブリュージュのノートルダム教会の聖母子像、幼くして母をなくした

  ミケランジェロにとって母の面影をマリアさまの中に見たのでしょうか。

d0098198_6132126.jpg

 
    イタリアを代表する街、ヴェネツィア、フィレンツェそしてローマを

   2つのテーマ 橋と芸術を絡めて(専門家とは違った解釈かも知れませんが)

          記録に留めています。

          

      まだまだイタリアの世界遺産の旅は続きますが

             おつき合いよろしくお願いします。
[PR]
by mrsylondon2005 | 2007-01-22 06:14 | 旅行

モン・サン・ミッシェル ~娘との旅~


d0098198_9105259.jpg




主婦になった娘と、初めての旅の行き先はパリとモン・サン・ミッシェル

パリから北西に358キロ、ブルターニューとノルマンディーの境の海に浮かぶ

             モン・サン・ミッシェルを目指します。

                往復8時間の大移動です。

  

 フランスの高速道路は広く快適で、途中にはお国柄か こんな看板がいたる所に

        見えて、長いドライブの疲れを忘れさせてくれます。

   
  
  


    モン・サン・ミッシェルに向かう途中、ノルマンディーの海岸の近くを走ります。

  第二次世界大戦の1944年6月6日 史上最大の作戦は、この長い海岸に

  イギリスとアメリカのパラシュート部隊が降り立つ所から始まり2ヶ月間の激しい戦いの後

ナチス ドイツに侵略されたフランスを救ったことで有名ですが、最初に解放された町が

           あのタペストリーで有名なバイユーの町だったそうです。


d0098198_914625.jpg

            タペストリーのモンサンミッシェル


  708年、このモンサンミッシェルの対岸にある町の司教が夢枕で、聖ミカエルから

        「岩山の上に修道院を建てよ」と告げられたのが、

          このモン・サン・ミッシェルの始まりだそうです。

        
              聖ミカエルと お告げを受けた司教 オベール


  
         修道院付属の教会                         内庭回廊



    
       オムレツで有名な プラールおばさんのメール・プラールと名物のビスケット



  
              可愛いお土産屋さんの看板通り


  聖ミカエルは、ヨハネの黙示録の中で悪魔の象徴の竜を打ち倒したことから手には

剣を持っています。また人間が死を迎えるとき、最後の審判をする審判員なので天秤を

                 持っていることも多いそうです。
  
     
    塔の上の聖ミカエル                   実物大の聖ミカエルの複製


      私達が訪れた時は引き潮で、あたりは干潟になっていました。

 嘗ては、この地方の潮の満ち引きが早く、その高低差も最大15メートルもあったため

          多くの巡礼者が、潮に飲まれて命を失ったそうです。

     しかし近年、道路が出来たため、潮の満ち引きに影響が出て、

  このままではこのモン・サン・ミッシェルは海に浮かぶ事がなくなってしまうと、

   将来的にはこの道路をなくして、嘗て巡礼の人々が歩いてこの島に

         渡って来たように戻す計画が始まったそうです。

   


そして、今まで体積した土を、一気に流すためのダムの建築も始まっていました。

1979年に世界遺産に登録されたこの美しい風景が、私達の時代に失われて

しまわないようにいつまでも保たれて、いつか娘に子供が生まれたら、

また同じこの素晴らしい景色を見てもらいたいと願ったMrs.Y なのでした
[PR]
by mrsylondon2005 | 2007-01-19 09:18 | 旅行

ロンドンの四季を通して、心豊かな日常を綴ります


by mrsylondon2005
プロフィールを見る
画像一覧