カテゴリ:歴史( 3 )

ポートランドの壷とウエッジウッド

     
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           大英博物館には ポートランドの壷 と呼ばれる

             エトルリア時代の壷があります。

       今から2000年ほど前にイタリアで作られたとされる

                   美しい壷です。

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  この壷の表面に描かれたのは、古代ギリシャ神話のペレウス海の女神テティス

      婚礼のシーンと言われていますが、今から2000年も前にこんなに美しい

        カメオグラスの壷が作られたと思うと、溜息がでてきそうです。


      英国陶工の父と言われるジョサイア・ウエッジウッドも、私と同じように

          この壷を見て感動し、なんとか同じような物が作れないかと

                 考えたのではないでしょうか?


     やがて、彼はこの壷を借りる機会得てウエッジウッドのジャスパー・ウェアーの

             技術で5年の試作の後、第一作が完成します。

     現在でも、ウエッジウッド社のバックスタンプは、この壷がデザインされています。


       スタフォードシャーにある、陶磁器の街ストック・オン・トレントの

    ウエッジウッド窯のウエッジウッドの銅像はいつも手にしたこのポートランドの壷を

             眺めているように感じるMrs.Yなのでした



                     
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by mrsylondon2005 | 2007-03-10 03:42 | 歴史

ヘンリーⅧと 6人の妻たち



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           少し前になりますが、テイト ブリテンで行われ

              ていたホルバイン展に行きました。

         ハンス・ホルバインはドイツ生まれでチューダー朝の

                 宮廷画家として活躍しました。

          特にあの悪名高きヘンリーⅧやその妻達を描いた事でも有名です。

        ホルバイン展では、トーマス・モア家の人々のポートレートや

          画家としてだけでなく宝石やシルバーウェアーのデザインなど

                彼の多才な才能がわかる特別展でした。

          また彼の描く人物像を見ているうちに、ヘンリーⅧの6人の妻を

                      調べてみたくなりました。

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       第一番目の妻 キャサリン オブ アラゴン(1485~1536)

         もともと、ヘンリーⅧの兄アーサーと結婚するも兄の急死で

        1509年にヘンリーⅧと結婚し、娘メアリー(後のメアリーⅠ世)を

      もうけるが1533年に結婚の無効を突きつけられ、キンボルトン城で亡くなる。


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         第二番目の妻 アン ブリーン(1507~1536)

     一番目の妻キャサリンの女官で、彼女との結婚のため、ローマ・カトリック教会と

                    訣別して、1533年に結婚する。

     娘エリザベス(後のエリザベスⅠ世)をもうけるが、1536年に姦通罪にて

                         処刑される。


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          第三番目の妻 ジェイン シーモア (1509~1537)

          アン ブリーンを処刑した翌日、ハンプトンコート宮殿で結婚の

          誓約をし、その翌年待ち望んだ男子エドワード6世を産むが

                  その12日後に亡くなる。


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        第四番目の妻 アン オブ クレーヴス (1515~1557)

             ドイツに行ったホルバインの描いたアンのポートレートで

        結婚をするが、実際の容貌を不満に4ヶ月で婚姻は解消される。

       その後、リッチモンド宮殿に過ごしウエストミンスターアベーに葬られる。


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        第五番目の妻 キャサリン ハワード (1521?~1542)

       2番目の妻アン ブリーンの従妹である彼女は、1540年に結婚。

           しかし、その2年後姦通罪でロンドン塔で処刑される。


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            第六番目の妻 キャサリン バー (1512~1548)

         二回の結婚暦のある未亡人、1543年晩年のヘンリーⅧと結婚する。

        エリザベス、メアリー、エドワード6世の養育をし、王から信頼を得ていた。

            1547年に、ヘンリーⅧが亡くなった後、ジェイン シーモアの兄

       トーマス シーモアと再婚し出産するが、産後の肥立が悪くその翌年に亡くなる。



         1547年、55歳でヘンリーⅧは亡くなり、息子のエドワードは9歳で

             エドワードⅥとして即位するが、15歳で亡くなる。

          その後メアリーⅠ、エリザベスⅠと王位は継がれて行った。



        イギリスに暮らすようになり、教会などを訪れるたびに耳にする
 
       ヘンリーⅧの名やローマ・カトリックとの訣別、修道院破壊と没収の

     陰に生きた妻達は、はたしてひと時でも幸せを感じた時期が、あったのかどうか

       解りませんが、肖像画の中の妻達の表情が一様に憂いを帯びていると

                     感じるMrs.Yなのでした。




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by mrsylondon2005 | 2007-03-06 18:27 | 歴史

ラトレル詩篇書 昔の本

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ジェフリー・チョーサーの書いたカンタベリー物語は、イギリスで英語で書かれた

初めての小説でした。

それ以前は、ラテン語で書かれるのが常でした。

13世紀の豪族のラトレルが作らせた「ラトレル詩篇書」もラテン語と面白い絵で

中世の庶民的な歴史や習慣を描がいた美しいものです。

詩篇とは旧約聖書の中にある、賛美歌や嘆きの歌や、王に関する歌などで

ハレルヤなども詩篇の中にでてくるものです。


まだ、印刷技術がなく、紙を高価なこの時代には、

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羊の皮や子牛の皮にダチョウの羽で作ったペンで

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樫の木から取れるインクで一文字づつ書いていたのでした。

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このようにして書かれた、詩篇は今見ても楽しいものが探せます。

大英図書館では、エキシビションで、この「ラトレル詩篇書」を原本から

カラーコピーした物を展示して、手にとって見る事ができるようにしています。

本来の原本は、暗い展示場の硝子ケースの中で、1ページだけが展示されて

いますが、このコピー本は自由にページをめくって眺める事ができました。

このコピー本、290ポンドで販売されています。


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この本の依頼者、ラトレルは中央に座ってウサギの耳のような帽子

をかぶっています。

これはこの時代のお洒落だそうで、テーブルの上にはまだフォークがなく

ナイフで食事をしていました。

今見ても可愛いと思う絵が、あるでしょう
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by mrsylondon2005 | 2006-12-05 04:27 | 歴史

ロンドンの四季を通して、心豊かな日常を綴ります


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